小学2年生の子供が1型糖尿病を発症したときの話-4

1型糖尿病

市立病院で主治医になってくれた先生から病気の説明をいろいろと聞き、ようやくそれなりに状況がつかめてきた。女医さんだったけど、個人的にはお医者さんにたまにいる高慢タイプが苦手で、そういう人じゃなかったのでひと安心…と、ぼくの先生ではないのですが。

市立病院は、家からクルマで10分かからないくらいのところにある。それなりに大きいので安心感もあり建物は古いながらもさっぱりしていた。1階にファミマが入っているので、色々とそこで買い物をした。

その時点までは嫁と嫁の母、そこにぼくと時々僕の母も加わって弟くんの看病ローテーションが組まれた。弟くんのベッドの横に簡易ベッドを置き、一緒にテレビを見たり本を読んだりしながら誰かが常に付き添っているようにして、交代するときには着替えを持ち込んだり持ち帰ったり。妻は家のこともあれば、兄くんは普通に学校にも行くわけでぼくはぼくで会社にも行ったりしながらなので、パズルみたいな生活をしていた。ぼくは会社に、かくかくしかじかでしばらく定時ダッシュですと断った。そうすると上司のひとりが、実は俺の嫁さんも同じ病気なんだよ、と教えてくれた。大人になってからの発症とのこと。意外と身近にもいた1型、へえ、と思った。

金曜の夜に仕事を終えたあと病院に直行して泊まり、翌朝までお風呂は我慢という日もあったけど、まあそこは冬場だったことも幸い…。病院の簡易ベッドにキャンプ用のシュラフで寝たときの感触は結構今でもはっきり思い出せたりする。

さて、弟くんの様子はというと、インスリンを打ち始めてからもなんだか元気はなかった。元気づけようと周りの大人は、からかったり、優しく話しかけたり、なにかほしいものはないか?など言ってあげるのだけど、ろくすっぽまともな答えを返してこず、小さい声で「んー」とか軽く唸るだけでほとんど誰とも目を合わせない。テレビ、本、3DSとかスイッチといったゲームに目を落として没入という感じ。特に不機嫌というわけでもなくて笑うこともあればしゃべることもあるのだけど、稀だった。お腹空いた、とずっといっていた。

なかなかこんな時の子供の気持ちなんて想像も難しいのだけど、急に病気なんてことになって、周りの大人も揃って不安そうな顔をしている中やたらと注射や血糖測定をされ、やっぱりとにかく不安だったのかもしれない。ゲームとかDVDに逃避することでしか慰みがなかったのかもしれない。実は本人が「一生治らない病気」「毎日ずっと血糖測定とインスリン」という事実を知るのはもうちょっとあとの退院後のことになるので、考えてみればこの入院期間中、本人は置いてけぼりで、周りの大人たちだけであれこれと話を進めたり何かを決めたりしていった。

本人も分かっていたろうし、言えないだけでその辺にもさみしさや不審さを感じていたのかもれない。そこに説明もなければ、拗ねてしまうのもわかる。ぼくは子供というのは常に、大人が思っているよりも少し賢いものと思っている。

少し前後するけど、次に1月15日くらいに僕が初めて血糖測定と、インスリン注射を見たときのことを思い出してみる。

昼食前ってことでカゴに入った器具を看護師さんが運んでくる。太いボールペンみたいなのとか、ジャラジャラした針とか、7-8種類くらいの器具がある。露骨に注射針みたいにみえるものはなかったものの、それでもやっぱり我が子の皮膚を貫くためのものと心得ているので、初めて対面したときは背筋に緊張が走ったのを覚えている。あとは「なんかジャラジャラしてんな」と思った。

ジェントレットという器具への針の付け方、それで消毒した指をプチッと穿刺してゴマ粒くらいの血液を絞り出し、センサーにすくい取るように吸わせて、5秒で計測完了。看護師さんが全部やって見せてくれた。穿刺の瞬間の本人の苦痛がどんなものか気になってしょうがなかった。嫁さんなんてぼくの3倍くらい悲痛な顔で見ている。本人もカチン!とジェントレットが鳴る瞬間は一瞬肩に力が入っているように見えた。

ノボラピッドという超速攻型のインスリン注射も同様にやり方を見せてもらう。針やらのセットを一定の手順でカチャカチャセットして、終わったらお腹の脂肪をつまんでそこに注射する。これも針はとても細いように見えるけど、長さが1センチくらいはあり、まだ小学2年の弟くんが、なぜこんなことをしないといけないか理解もままならない中我慢しているのを見ると親としては辛い。ただ、看護師さんや家族がなにか終わるたびに、えらかったねー、おわったよー、とワーワー褒めてくれるのでなんとなく、得意気にも嬉しそうにも見えて、文句を言うわけでもないのでとりあえず安心できた。

看護士さんから、徐々にぼくや周りの本人が穿刺や注射をやるようにしていく。道具も良くできているし、やり方もちょっと手順が多いけど難しくはないので何回かやっているうちに覚えられた。インスリンの針を指す瞬間はおしりのあたりがゾクッとしてしまう。その後何ヶ月もやり続けると慣れては来るのだけど。

小学2年生の弟くんも、見るみるうちに自分でマスターしていった。うそかほんとか、看護師さんも先生も、すごいえらい、なんて賢いの!ととてもそれっぽく驚いてくれるので、本人も得意になってどんどん自分でやることを増やすし、横で見ている親の方も何やら微妙に得意げな気持ちが湧いてくる。きっとあれ、これがプロの技というやつなんだな…。

次に入院中の食事のはなし。超高血糖状態でグッタリしていた入院前の弟くんは、実は体重もものすごく減ってやせ細っていた。やせているな、とぼんやり思っていたけど、見た目以上に体重が減っていた。そして彼は入院してインスリンを打ち始めたのだけど、そうするととんでもない食欲が蘇ってきたようだった。病院食は年齢別に量が調整されていて、弟くんは“小学校低学年”用の、大体1日で1,200〜1,300kcalくらいに調節された食事を頂いていたのだけど、一瞬で平らげてしまい「足りない」「お腹空いた」「なにか食べたい」とずっとずっといっていた。ただ、インスリンの効果も様子を見ながらということもあり間食ももちろん許されなくてひたすらお腹空いた…を繰り返していて、本当にかわいそうだった。

また、このときには僕たちにも誤解があり、もう永久にうちの家の中には砂糖が入ったお菓子を置くことはできず、すべての食品は糖質何%オフとかを基準に選び、料理に入れる砂糖もラカントに変えたり減らしたり、と劇的に変えないといけない思っていた。2型糖尿病の話と混同もしていて、そんなことも不安であったり「この子は一生好きなときに好きなものを食べられないから、ちゃんと我慢になれさせていかないと」なんて妻と話していたような気もする。今思えばこれも勘違いだった。

さりとてとにかくハラペコで辛いとのことなので、病院食の増量を依頼。”小学校中学年”用にグレードアップ、さらに”小学校高学年”用に2階級特進し、第二次成長期対応のカロリーを備えた量になっても、弟くんは一瞬で平らげた。でもさすがにそれだけあれば満腹感はあるとのことでそこに落ち着いた。ちなみにこの大食傾向は退院後も約1ヶ月ほど続いて、毎食250gの白米におかずもガンガン食べるのが続いてあっという間に4kgくらいの体重を戻した。4kgってまあ普通じゃない?と思うかもしれないけど、僕くらいの大人で体重57kgの人にしたら一気に69kgまで増やしたような感じで、割合にするととてつもない増量。体内のグルコースがエネルギーにできない分、脂肪を溶かしまくっていたということだ。

そんな風にして、結局は入院から2週間を過ごして退院となる。基本的にはゲームやテレビで暇を潰しながら大人とはほぼ口を聞かず自分の殻に閉じこもる感じ。血糖測定や注射にも割と早々に慣れて、お腹空いたとつぶやき続けていた感じだった。途中で3回ぐらい外泊ってことで家に帰ってきて寝たりもしていた。まずは病気と対面してそれを理解し受け入れができたそのあとは、日常生活に戻るにあたっての準備に焦点が移っていく。インスリンはいつも持ち歩くのか、学校の給食のときにはいつどこで注射するのか。低血糖に備えての対策はどうするのか。スイミングを習っているのは続けられるのか、普段の食事はどうするのか…などなど。

そろそろ学校の先生にも説明をしなければいけないということにもなるため連絡して相談、通学している小学校の校長先生と担任の先生が時間を作ってくれて、放課後に病院に来てくれることになった。

つづく

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