小学2年生の子供が1型糖尿病を発症したときの話-2

1型糖尿病

せっかくなのでと色々なことを書いているのでなかなか1型を発症して以降の話に行きませんが。。。マイペースに書き進めようかなと思います。

2018年の年末は、弟くんとぼくのインフルエンザで散々であって、でもまあ僕の実家に帰ってのんびりするかとクルマに乗り込み移動。大した距離ではないのですぐに到着し、なんやかやの話しをし、変わったことをわざわざしない親族一同。各自で、ビールなんかを勝手にプシュッとし、ほぐす必要のあるのかわからないのかわからない脳の緊張をほぐしたりする。くつろいだ普通の年末年始だった。

しかし、2泊ほどののんびりした日程のはずが、ぼくの弟、つまり1型糖尿病を発症する弟くんからするとて”伯父さんくん”? 彼が急に熱を出し、お腹の調子も急激に悪化させて寝込んでしまう。休日診療所にも行って、ウィルス性の胃腸炎との診断を受けた。それはもちろん前回と同様に「えらいこっちゃ」「うつったらかなわんで」の騒ぎ、その拡大版。伯父さんくんは、年末年始の帰省にも関わらず実家のなかの一室に隔離された。

なんだかいろいろ大変な日々だなーと、僕と妻はそれでも一定は脳天気に受け止め、大晦日はよゐこの無人島サバイバル生活に見入り、まだまだのんびりしていた。子どもたちも夢中だった。今の小学生はみんなよゐこの二人が大好きらしい。有野氏は昨今のゲーム実況と呼ばれるジャンルのパイオニアであり、濱口氏はとったどー!の権威。そしてその相容れぬかと思わしき2ジャンルを今やコンビで仲睦まじくフィールドにしている点は、誰からも非難されようのない、ちょうどいい面白いおじさんたちなんだな、と楽しそうで羨ましくなる。

そんな実家で過ごす約3日間、問題の弟くんはどこかおかしい。頻尿、多尿が続いている理由も不明。大して熱もないのにどことなくぐったりしていて、とにかく昼間も夜もよく寝ていた。何度も昼寝をしている。行動も会話も極端に少ない。時々機嫌よくゲームをしていたりもしたけど、やっぱり気がついたら無表情に寝そべっていたりした。

今から思えば高血糖が続いていて、ケトアシドーシスも出ていたので、体中と脳も含めて細胞にエネルギーとなるブドウ糖が供給されていない状況だったのだと思う。本人にも何がなんだかわからなかったのに違いない。

ここらへんで周りの大人たちはどう思っていたかというと、1型糖尿病なんて、少なくともぼくは世の中にそんな病気があることすら知らない。弟くんはこの間まで風邪でやられていたし、なんだかわからないけど夜にトイレで目が覚めているみたいだし、単に眠いのかな、となんにも気にしてないのが現実だった。ご飯を食べられていて、水分をとれている。それならきっとそのうちもとのとおり回復する。それくらいの認識なのだった。今にして振り返ると悲しいことだけど。

そして1月2日の早朝の夜も明ける前、実家で過ごす最後の夜だったのだが、兄くんが布団に盛大に嘔吐していることを持って僕は目を覚ました。

さきに妻が自宅に戻っていたので、兄くん、弟くん、ぼくの3人で川の字で寝ているときであって、あーこれはあれやな伯父さんくんの腸風邪もらってもたな、と寝ぼけた頭を働かせた。兄くんは吐き終わり「アチャー、、、」失敗したり人に迷惑をかけたりしたときには素直に自責の念をいだくわかりやすいキャラ。

軽く熱を測ったり口をゆすがせたりして、「たぶん胃腸炎やからしょうがないよ、とりあえず1回吐いて胃がスッキリしてるなら、もっぺん寝とき」と兄くんを寝かせた。昔でいう腸風邪、ちかごろはウィルス胃腸炎と呼ばれるやつ、これにかかったときのことはそれなりにわかっている。皆様ご存知の通り、だろう。吐いて吐いて下して下して水分と流動食、気休めのビオフェルミン。それを丸2日も続ければ次第に良くなってやがて完治。そんな日々を予感しながら、布団を風呂場で洗って処理し、明日は診療所やな…と僕も寝なおそうとしたところ…。

急に起き上がった弟くん、トイレに走りながら廊下に若干の胃液をポタポタと垂らしながらギリギリトイレで嘔吐。ナイスガッツ!と心中では絶賛したものの、うーむパンデミック。ぼくはぼくで今のところ大丈夫だけども、どうなることやらと後ろ頭をポリポリかいた。寝直して翌朝を迎えた。

結局1日半ほどで兄くんは早めに回復したが、その時にはぼくの中で気の毒ランキングは伯父さんくんが第一位だった。奥さんと一緒に「兄様申し訳ありませぬ、貴き御子息らへ病を移すとは恥の極み、償いの言葉も…」とまあ、言い方はもう少し普通だけども、何度も何度も謝られてこちらが困るぐらいだった。

てなわけで散々な年末年始を過ごした。弟くんも一日ほど遅れて回復し胃腸炎騒ぎは過ぎ去った。残り数日の冬休みも過ぎ去り、ぼくと妻にして新年の仕事が始まり、子どもたちにして小学校の登校が再開する。

そして1月の最初の週はそれぞれがきちんと過ごしている。弟くんは、胃腸炎から回復後も相変わらず頻尿多尿と、日中にぐったりして行動会話が極端に少なく、しょっちゅう目をつぶって寝ている。また便秘気味であったりと中途半端な体調不良を続けていた。学校にはちゃんと行っていたので、まあ日常に戻ったのでよしかな、と思ってしまっていた。このあたりも思い返すと、弟くんにはどれくらい「伝えたくてもうまく伝えられないなにか」を抱えていたのか、と思う。

そしてその週を終えた、1月11日の土曜日。ぼくは翌日から5泊6日の海外を含む出張でスーツケースにあれこれ詰め込んだり、お土産を見繕ったり、確か美容院にも行ったりしててんやわんやして過ぎたのだけど、妻は弟くんがどうもやっぱりおかしいと、かなり気になり始めていた。

夜にそのことについて話しをし、ぼくも確かにおかしいとは思ったものの年末年始の色々で体力が落ちていたりしているだけかな、とも思っていたので余計な心配ではないか、というのが正直なところだった。というか、3連休の初日ということで医者に連れていくには翌翌々日の火曜まで待つか、救急ということになる。

阪神北広域こども急病センターに電話をかけた。女性の看護師さんらしき人の意見でも「寝れていない、水分が全く取れていないなどの救急症状がないのであれば、安静にした上で、休み明けにかかりつけに受診されては」ということだった。

長くなったけど、弟くんの1型糖尿病診断のX-dayに至る経緯はこのように過ぎた。次回以降で発症以降の話もしていくし、主に人が知りたいのはそこから先ではないかという気もするけれど、あえてここをしっかり書きたかったのには理由がある。

それは弟くん本人がこの間どんな風にもどかしくて苦しい思いをしていたかというところを、意識の外に置きたくないから。高血糖の主な症状は、全身倦怠感、喉の渇き、頻尿多尿。目立った発熱だったり痛みといった症状がないが、体に力が入らないような感じだろうか。おそらく、本当にそうだったのだと思う。ここまでに何度も書いたように行動/会話が極端に少ない時間がたくさんあった。でも弟くんの語彙や表現力では「なんかしんどい」ぐらいのことしか言えない。世の中のお父さん、お母さんは子供がなんかしどい、動きたくない、と言っているときにどうするか。

本当の病気と思って心配する気持ちと、また怠けようとしてるからガツンと言ってやらないと!という気持ちと、おそらく後者のほうが多いのではないだろうか。ぼくはそうだった。いいから早くお風呂入りなさい、宿題はやったら終わるんだからとにかくやりなさい、寝てばっかりやん?ちょっとは片付けなさい。こんな言葉を、高血糖の進んだ症状のケトアシドーシスという毒素まで回っている状態のこどもにかけていたわけだ。

気持ちとしてギリギリのところはあるけど、親として「もしかして異常事態なのでは」とあえて思いたくはないこともあるし、そもそもそんな事になっているなんて思いもよらないので、結果的には「ずっとつらかったんやな」とあとから理解してあげて、フォローするしかできることはない。

こどもに高血糖が起きていると知るきっかけには尿検査とか血糖測定以外にないからだ。子供が自分の口で「だるい」となんとなく口にするだけであらゆる病気の検査をしていたら、きっととてももたない。唯一の特徴的なサインは夜のおしっこのような気がするが、例えば今、Googleで「こども 夜 おしっこ 多い」などのキーワードで検索をしてみても、1型糖尿病に通じる情報は目につく範囲には出てこない。発症が事実上完全にランダムで、しかも全年齢の何万人に1人という割合で発症するこの病気を誰もが警戒していることなんて難しい。

この難しさに対しては現実的な答えがなかなかないように思う。尿検査を月一で実施?うーん、なんだかな…と。おそらくは広く1型糖尿病のことを知ってもらうしかないのかな。

ある意味ではここまでのところが、インスリンゼロで稼働していた弟くんの体は最も辛い状態だったはず。それに加えて周りが気づくことが難しい点の辛さを辿った。次回から診断前後の話へ。

続く

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