小学2年生の子供が1型糖尿病を発症したときの話-3

1型糖尿病

なんだか元気がなくて変わった様子の弟くん。それでも周りの大人はぼくも含めて病気のことなんて夢にも思わないので「変だな」「でもまあ、様子見かな」とずっと過ごしてきたが、ついにお医者さんにかかることになったのが1月15日だった。

前回書いたように、ぼくはたまたま海外出張中だった。年に1回もあるかないかの中国行きが驚くくらい運命的なタイミングでかぶっていた。なので、中国で妻から受け取ったスマホのメッセージで知ることになる。

妻の話では、近くの小児科を受信して尿糖を検知。糖尿病かもしれないね、と市立病院を紹介され、すぐに受診。このときの血糖値は586だった。HbA1cは11%以上。即入院のご案内、となった。

一方で中国のぼくは、「糖尿病?」ってな具合。

さっそく仕事そっちのけでネットの情報を漁った。なぜそんな病気になるのか、どういう病気なのか、これからの私生活にどういうインパクトがあるのか、などなど。インターネットでかなりの情報がわかる。けど、やっぱり分からないことも多い。ただただ、一生インスリン注射が必要という事実だけはどうも間違いないようで、それに大きなショックを受けた。

注射ってきっと痛いはずで、まだ小学校2年生の弟くん、まだまだ子供の弟くん、そんな辛い試練に耐えるなんてできるの? 毎日毎日何回も何回も、泣く子もいるくらいの痛い注射を…。そしてそれを見守る周りの大人、特に妻、耐えられるのだろうか。今頃すでに注射始まってるんだろうか。そんなことを考えていたらいても立ってもいられなかった。

今でこそジェントレットを使った穿刺も、インスリン皮下注射も、弟くんはテレビを見ながら片手間にやっているような感じ。妻や僕は「タラタラしとらんとはよ終わらせい!」と、なかば着替えや歯磨きと同じようになっている部分もある。あくまで家の中の範囲では結果的にそんな感じだ。けど、そのときはもちろん不安で不安で仕方がなかった。わからないことばかりの不安。

1/15の火曜日に連絡を受けて以降は、昼間は頭を切り替えて出張中のスケジュールをこなし、夜はホテルに戻ったら1型糖尿病のことを調べたり、妻とLINEで話し合った。(便宜上LINEとしたが、実際には我々夫婦のIMツールはGoogle Hangoutになる。どうでもいいけど)

実はこの間ものすごく僕を悩ませていたのは、正月に胃腸炎を子どもたちに移した疑いが濃い伯父さんくんのことだった。「1型糖尿病の原因は自己免疫」「正月の胃腸炎」「このタイミングで発症」という間の因果関係から、完全に糖尿病はそれのせいだと思ってしまっていた。どうこの事実を伝えよう。一生気負っていきていくのかも知れない。自分が胃腸炎を移したせいで、こんなひどい病気を一生甥っ子に負わせた、なんてそうそう平気ではいられない。申し訳ない、申し訳ない、せめて医療費の半分でも、自分のせいで…と。

うちの嫁にしても、なんで正月に帰省なんかしたのか!と自分たちの行動を呪うような発想にハッキリとなっていた。そりゃそうだ。そう思ってしまう。ちょっとのことで避けられたことだったかも知れないと思うといたたまれない。理屈でいうと避けられたわけでもないのにそう思ってしまうのは、これに限らずニンゲンのサガというものだ。もしも、タラレバ、ああだったら、こうだったら、やっときゃよかったやめときゃよかった。

実はぼくが弟くんの1型糖尿病絡みで一番悩んだかもしれないこの問題は、カラクリを知ると悲しい勘違いだった。Hba1cのことを理解している方ならわかるはずだが、これが11%を超えているような状況で膵臓がインスリンを作れなくなったきっかけが直近2週間だなんて、東京を出た新幹線が10分後に大阪についているようなものなのだった。これを理解して安心するとともに、ムムム、何度かほんとに、わかってはいたもののもっともっとちゃんと勉強しないとホントにだめだな…と思い直すことになった。

中国出張最終日、現地の皆さんにごちそうになっている間もチラチラとこのことが頭をよぎる。ぼくが、薄いけどそれはそれでおいしい中国ビールをたっぷりいただいている間に、入院中の弟くんを妻とその母親がローテーションで世話をしていた。そんな中、ちょっと放置気味の兄くんからちょいちょいLINEメッセージが来たりしていた。そっちはそっちで気にかかるので色々と話を聞いたりしているうち、なんだかんだで飛行機に乗り日本に帰ってきた。

久しぶりの自宅には兄くんがおり、その夜は嫁が病院で付き添い中。翌日に病院を訪れることになった。

入院4日目の弟くんは、ベッドに超くつろいで超まったりとニンテンドー3DSをプレイしていた。ぼくの顔をみて、おお、くらいのことを言うもののヘッドホンまでしてゲームに再度集中しはじめる。まあ、入院生活そんなものかな。痛みや苦しみでウンウン言うようなものでもなく、注射さえしていればあとは平常と大きく変わらない筈とは思っていたものの、それでもなんとなく顔を見てホッとはしたのだった。

ここから主治医の先生とも顔を合わせて色々と病気の説明も受けることとなる。

続く

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